【10カ国目】ポーランド
親日の人々、落ち着いた街並み、そして苛烈な過去。
ポーランドは、日本人として来るべき国だった。
ちょっとうわついている人たちが行きかうのを見ながら、
何言っているのかよくわからないアナウンスを聞くともなく聞きつつ、
ぼけーっとする空港での時間が大好きだ。
最初のフライトはギリギリだったけど、
それ以降はこうして余裕をもつようにして空港へ行き、その国や次の国のことに頭を巡らす。
この時旅してんなぁって思うし、めちゃめちゃワクワクする。
おれってたぶん空港フェチだ笑。
たまたま寄った小さな教会でのコンサート。
地元学生による演奏で、親や友達らしき人も見に来ていた。
おれはたまたま寒さしのぎに入っただけだったが、
その教会に響き渡る極上の音で、寒さによる震えは止まり、
そこだけが違う世界になってしまったかのような感覚になった。
感動していた。
こういうことがあるから旅はおもしろい。
帰りにウイスキーを買って喉を焼いた。
寒いはずなのに体の中が温かかったのは、
きっとアルコールのせいだけじゃない。
いつまでも酔っていたい、そんな雪の降る夜だった。
<アウシュビッツ>
信じたくないほどに信じられない事実。それがここにもあったんだ。
銃殺される瞬間も、首を吊ったとこも、頭を挟まれて運んでいるとこも、ガリガリの子供も、壁の引っかき傷も見た。銃殺の壁の前に立つと、いまでもリアルに想像できてゾクっとした。後ろから撃たれる感覚になった。…怖ぇ。鳥肌が立ったのは、きっと寒さのせいだけじゃない。てかこれ、たった75年前のことなんだよな?
壁に貼られた収容された人たちのポートレートがおれに問いかける。
「おまえは何をしにきた?お前は何を感じている?」って。
今はこんなにも静かだけど、かつては何百万という人がここへ強制的に連れてこられ、そして消化されていった。しかし今は何百万という人がここを自主的に訪れている。死への訪問から未来への訪問へ。それがこの75年の成果。
人はここに悲しき歴史を繰り返さぬよう学びに来るのか?
それとも本能的に悲惨さを求めているのか?
ヒトラーに一種のカッコよさを感じるのはおれだけなのか?
…ここは日本人として来るべき場所だった。
雲の間から見えた空がやたらキレイだった。
今も昔も空は変わらない。少し時代が違うだけ。
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